デジタルマーケティングで難しいのは、いかに潜在層をふりむかせ、最終的にリピーターになってもらうかである。オウンドメディア運営が一時期最盛期を迎えていたが、それにかかるコストと時間の壁を乗り越えるのは至難の業だということに、ブランドは気付きはじめた。そんなとき、再び注目を集めはじめたのが各社プラットフォームのターゲット層をファン化させる取り組みだ。
デジタルマーケティングで難しいのは、いかに潜在層をふりむかせ、最終的にはリピーター顧客になってもらうかというプロセスである。ある程度の顕在層は、アドテクで「刈り取れる」からだ。しかし、いかに効率よくユーザーを自社サイトやECに呼び込むことができても、そのユーザーが長きにわたってファンであり続けるかどうかはまた別の問題になる。
そこにはファンになってもらうための何らかのコミュニケーションが必要である、と経営コンサルタントとして企業のデジタルマーケティングやECの支援を行うD4DR代表取締役の藤元健太郎氏はいう。
「よくあるパターンが、デジタルマーケチームがCPAや新規顧客獲得単価を追いかけて大量に登録ユーザーを確保したが、しばらくするとCRMチームから『デジタルマーケで獲得した顧客はもういないぞ』と問題視されるケース。費用対効果で獲得した顧客とのあいだに何の関係性もつくれていなかったことを反省し、次はコンテンツマーケティングで関係づくりだという話になる。コンテンツマーケティングを真剣に考える企業は、オウンドメディアを立ち上げる」。
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とはいえ、あるコンテンツで心を動かされたとしても、それが購買につながり、リピーター顧客になるまでには時間がかかる。どのくらいのコストをかけ、何年オウンドメディア運営をがんばれば、長期的なファンがつくれるのかに絶対的な答えはない。
「さまざまなオウンドメディアをみてきたが、正直、ずばりの成功事例がどれだとは言えない。顧客との絆がしっかり作りあげられていて、その結果売上が伸びている例ならスノーピークや、北欧、暮らしの道具店などがあげられる。しかし、彼らはオウンドメディアというより企業主体のコミュニティと言うべきだろう」
ネット黎明期からのプラットフォーマーたちの試行錯誤
藤元氏が指摘する、企業と顧客のコミュニティレベルでの関係性と、それによって伸びる売上、がひとつの成功モデルだとすると、親密なコミュニティを持たない企業がオウンドメディアを立ち上げただけでそこまで到達するのはなかなか難しい。
だから、潜在的なファンが多く存在し、かつ属性や行動履歴などのデータをおさえているプラットフォーム上で関係性を構築することにフォーカスする取り組みは、効率的であり理にかなっている。だが、実際には時間と手間をかけて育てていることにはかわりない。
オールアバウト(All About)やアットコスメ(@cosme)を運営するアイスタイル(istyle)、はてななど、ネット黎明期からクライアントニーズに向き合ってきたプラットフォーマーたちは、「どんなコンテンツがいま求められ、響くのか」「どうしたらユーザーが顧客のファンになるのか」を考えぬき、各社の特徴を生かしたアプローチを行ない、成果を出してきている。
それが、コンテンツマーケティングをつきつめて独自のオウンドメディアを立ち上げるという流れから、コンテンツマーケティングそのものを「どこで、あるいは、どこと、やるのか」という場所の議論を、企業が考えるきっかけとなっている。
オウンドメディアを野原の一軒家として立ち上げても、結局さらにコストをかけてプロモーションをしないと人が集まらない。であれば、まずは潜在的なターゲットユーザーがたくさん歩いている大通りにつくるべきではないかという点が、まずは出発点になる。
どんなコンテンツが響くのかのPDCAを回す
創業当初から、企業が発信したいメッセージをさまざまな切り口でコンテンツ運用し、どんなコンテンツが誰に響くのかのPDCAを高速で回していくべきだと提唱していたのがオールアバウトだ。代表取締役社長の江幡哲也氏、執行役員の箕作聡氏は、それをさらに進化させている。
「2016年11月から開始した運用型コンテンツマーケティングでは、ターゲットペルソナごとにネイティブ広告(記事型)の切り口を複数用意する。配信結果から得られたデータをもとに配信が最適化される仕組みだ。オールアバウトには、すでに1300のカテゴリーがあり、そのなかでさらに分解することで、コンテンツ単位では60~70の切り口が生まれる。それに加えて、把握しているユーザーペルソナをかけあわせると、切り口は無数になる。ある自動車メーカーは、狙いたいペルソナに、切り口を何通りにも変えて運用型のコンテンツマーケティングを実施してきている」と江幡氏は語る。
また、現在ある1300カテゴリーのうち、クライアントがスポンサードしている公式サイトが30テーマある。スポンサードといっても、この編集権は100%オールアバウト側にあり、競合商品もその公式サイトで紹介する。前提にあるのは、SEO構造の強みでユーザーを呼び込むためだ。ユーザーが知りたい情報をしっかり出すことで信頼感も生まれる。
「こういった一連の取り組みによって、クライアントの商品・サービスのランディングページやオウンドメディアにファン化する可能性の高いユーザーを送りこむこともでき、コンバージョンにも貢献できている」と箕作氏は話す。CVR(コンバージョンレート)を高めるために、運用型コンテンツマーケティングにMA(マーケティングオートメーション)をつなぎこんで、CPAへの寄与も見据えているからだ。
江幡氏は「本当は、コンテンツマーケティングではCPAは邪魔な指標なのではずしたい。でもクライアントの最終目的はそこにある。MA導入で広告活動のアロケーション最適化を考えた結果、自分たちの首をしめることになったら、それはそれでまた考えればいい」と語る。江幡氏や箕作氏が目指すのは、クライアントに最大限寄り添いつつ、ユーザー側は好きな記事を読んで少しずつファンになり、気がついたら買っているというあくまで自然な流れである。
コミュニケーションと体験を積み上げていく仕組み
こういった顧客との関係性づくりを美容分野で提供しているのがアイスタイル(istyle)だ。月間1500万ユニークユーザーがいる日本最大のコスメ・美容の総合サイト、@cosme上で「ブランドファンクラブと呼ばれる場がすでに550以上存在する。この企画設計を行なっているのが、マーケティングコミュニケーション本部本部長の鈴木順子氏である。
「ユーザーをファン化するには時間軸が必要。継続的にエクスペリエンスを提供することによって、何らかの絆をだんだんと築いていけないものか、と考えた結果がこの形だった」。
ある外資ビューティーブランドでは、「ブランドファンクラブ」上で30万ものフォロワーと交流を図っている。この仕組みを活用することで、ブランドは購買意欲を促進させるようなコンテンツでフォロワーとコミュニケーションがとれるほか、@cosme上での同ブランドの商品ランキングや、口コミも表示することができる。自社でのコンテンツ制作の手間を大幅に減らせるのも利点だ。
「このブランドの場合、スキンケアのファンとメークのファンが重ならないことがユーザーデータから判明した。それぞれ違う層だったので、包括的なブランドの価値観をどう伝えていくかという対策がとれるようになった」。
このブランドファンクラブ上では、モノを買ってくださいという直接的なコミュニケーションは極めて少ない。ユーザーは、自分が好きな美容部員をフォローしてみたり、イベントに参加してみたりと体験を重ねていける。
「コンテンツとデータの質と量を確保して、ていねいにユーザーとコミュニケーションしていけば、未来がわかる。未来のお客様を予想できる」と鈴木氏はいう。
優秀な書き手が企業メッセージを伝える
プラットフォーマーとして独自の生態系を築いているともいえるはてなは、良質なコンテンツの書き手が多数存在する利点をうまく活かし、企業と書き手、そしてはてな社の三方良しの関係性を築いている。
「はてなが培ってきた使いやすいCMSをASPサービスとして提供しているほか、オウンドメディアのコンテンツ制作・流通支援にも取り組んでいる。さらに、コンテンツ制作では、はてなの人気ブロガーに執筆してもらうことで非常に拡散されやすい仕組みになっている」と、はてな サービス・システム開発本部 開発第5グループ プロデューサーの谷古宇浩司氏はいう。
普段から既にはてなブログ上で執筆しているブロガーは、同プラットフォームの特徴を熟知している。ブロガーによって執筆されたオウンドメディアの寄稿記事は、スポンサード表記つきではてなブックマークの広告枠に掲載され、拡散する。またツイッターとの相性もよく、ブロガーについているファンづてに記事が拡散する仕組みも構築されている。優秀な書き手が媒介になって企業が発信したいメッセージが伝わるので、当然、コンテンツそのもののクオリティにも定評がある。加えて、はてなのユーザーはコンテンツを見る目が厳しい、という評判もあり、そういった層が記事を拡散することで一定の信頼感も得られる。
「良質なコンテンツの力で人が動く。書き手の支援も行っていて、はてなできちんと書いていれば、企業のオウンドメディアというこれまでにない新しい活躍の機会を得られるという仕組みをつくっていきたい。それでさらにいい書き手が集まる循環ができる」と谷古宇氏は、書き手にもメリットのある仕組みづくりを目指している。
老舗プラットフォーマーである3社とも、クライアントニーズとユーザーニーズの、ときには相反する要素を、それぞれの得意分野で高い次元でまとめあげ、試行錯誤しながら歩みをすすめている。今後、テクノロジーとクリエイティブがどう融合しながら進化していくのかも興味深い。
「本当にマーケティングに寄与したいという思いだけ。そもそもやっていることが本当に正しいのか、そこはいつも懐疑的だ」。オールアバウトの箕作氏の言葉には、執念とも覚悟ともとれる思いがこもる。
Written by 矢野貴久子
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