健康部門
未来予期治療
これまでの医療は、診断に対する「治療」、さらに「早期発見」、“集団”に対しての「予防」であったものが、“個人”に対してオーダーメイドできるようになった。未来の自分が罹りそうな病気を見据え、治療を施す決断をする人は今後増えると思われる。
遺伝子検査を受けた女優の乳房の予防的切除が話題に
2013年、世界を驚かせた健康関連の話題といえば、これ。女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが5月、乳がん予防のために両乳房を切除し、その再建手術を受けたことを公表した。乳がんの母を56歳という若さで亡くしたジョリーさん。自身も遺伝子検査で、将来、乳がんになるリスクが87%あったという。
毎日新聞の社説(6月13日付)によれば、国内でも80以上の医療機関で乳がん遺伝子検査を受けることができ、未発症者の予防的切除をする準備をしている医療機関もあるという。ジョリーさんと同様の決断をする日本女性が現れる日は近いかも知れない。
「家庭の医学」ガイドを務める清益功浩氏は、「10年後、20年後の未来を見すえて手を打つという点では、子宮頸がんの予防ワクチン接種も、乳房の予防的切除と似ています」と話す。
子宮頸がんは、女性特有のがんの中では乳がんに次いで2番目に発症する人が多い。遺伝に関係なく、主に性交で感染するヒト乳頭腫ウイルスが原因となる。その予防効果を高めるには、同ワクチンを半年間に3回接種する必要があるが、費用が合計4~5万円程度と高価なことが普及を妨げていた。
そこで厚生労働省は、同ワクチンを2010年度から「ワクチン接種緊急促進事業」の対象に含めたのに続き、今年度からは「定期予防接種」の対象にした。そのため、対象者(おおむね小学校6年生から高校1年生相当の女子)は、無料もしくは少ない金額で予防接種を受けることができる。
この予防接種は重篤な副反応が報告されたため、同省が6月14日に積極勧奨を一時中止したが、「ワクチン接種緊急促進事業」時代の同ワクチンの接種率は飛躍的にアップ。「子宮頸がん征圧をめざす専門家会議」が自治体向けに行った調査によれば、2010~11年度はどの学年も6割以上が予防ワクチンを接種したという(1,202自治体が回答)。
病気を治す受け身の医療から未来を予測し手を打つ医療へ
さらに、今年度は、妊婦の血液検査によってダウン症など胎児の染色体異常の可能性がわかる、新型出生前診断が日本でも受けられるようになった。臨床研究チームによれば、開始した4月からの3カ月間で1,534人が受診。想定の1.5倍が受診したという。うち、染色体異常の可能性を示す「陽性」と診断されたのは29人。その後の羊水検査などで異常が確定した6人のうち、2人が人工妊娠中絶を決断した。
以上のような遺伝子検査の技術が確立したことで、もはや未来予想は不可能ではなくなった。「家庭の医学」ガイドの菅原道仁氏は、そんな今の医療を次のように見る。
「かつての日本人にとって医療とは、『あなたは明日、手術ですよ』『はい、わかりました』と受け身で臨むものでした。でも今は違います。医療には4つの段階があり、『病気になってから治す医療』が第1段階。『早期発見』が第2段階。『予防』が第3段階。そして今は、『自分の未来を予想し、人生観に従ってそれに手を打つ』という第4段階に来ています。ここまで日本人がステップアップし、自分の健康に関する決断をするようになったのが、2013年だと思います」