日本の家庭に、いま何が起きているのか?~ 孤独の伝染のメカニズムから ~【All Aboutコラムコンテスト優秀賞受賞作品】
総合情報サイト「All About」が誇る約900人の専門家(ガイド)によるコラムコンテスト。2019年上半期の注目キーワードと「私の見方」をテーマにコラムを募集。今回は、多数の応募作品の中から選ばれた優秀賞受賞作品をご紹介します。
「子育て中、子どもを可愛いと思えなかった」
「親は、毒親だった」
と、SNSに書いたことはないだろうか?
こうした本音をネットに吐き出し、「いいね!」と承認を得ることで、ストレスを発散し、心の拠り所としている人もいるだろう。しかし、もしかすると、あなたのその投稿が、社会に孤独を広め、家庭内の問題をつくり出しているのかもしれない――。
昨年、厚生労働省(※1) や警察庁(※2) は、日本の児童虐待件数が13万人を超え過去最多となったとともに、子どもの自殺も増加傾向にあることを発表した。19歳以下の自殺者のうち最も多かった三大自殺動機は、学校問題、健康問題、家庭問題で、家庭内での問題も浮上している。さらに虐待件数は10年前と比べ倍増し、その内容として急増しているのは、心理的虐待であった。
日本の家庭に、一体、何が起きているのか?
なぜ、児童虐待も、子どもの自殺も、増えているのか?
私は、こうした現象が起きている最大の原因は、「孤独感がネットを通して伝染していることにある」と考えている。
もちろん、背景には、「地域社会の絆が薄れ、男性の育児休業取得率が低く、女性のみに育児の負担がかかること」、そして「そうした育児労働が市場的に評価されない風土があること」等、親(特に、母親)の心が追いつめられやすいという社会環境がある。こうした環境は早急に改善していかなくてはならないが、状況は10年前と大差はない。
そこで、10年前と比べ、虐待件数が倍増した理由について、「10年前と現在とを比較すると、何が変わったのか」という視点から考えてみよう。
「親は、毒親だった」
と、SNSに書いたことはないだろうか?
こうした本音をネットに吐き出し、「いいね!」と承認を得ることで、ストレスを発散し、心の拠り所としている人もいるだろう。しかし、もしかすると、あなたのその投稿が、社会に孤独を広め、家庭内の問題をつくり出しているのかもしれない――。
昨年、厚生労働省(※1) や警察庁(※2) は、日本の児童虐待件数が13万人を超え過去最多となったとともに、子どもの自殺も増加傾向にあることを発表した。19歳以下の自殺者のうち最も多かった三大自殺動機は、学校問題、健康問題、家庭問題で、家庭内での問題も浮上している。さらに虐待件数は10年前と比べ倍増し、その内容として急増しているのは、心理的虐待であった。
日本の家庭に、一体、何が起きているのか?
なぜ、児童虐待も、子どもの自殺も、増えているのか?
私は、こうした現象が起きている最大の原因は、「孤独感がネットを通して伝染していることにある」と考えている。
もちろん、背景には、「地域社会の絆が薄れ、男性の育児休業取得率が低く、女性のみに育児の負担がかかること」、そして「そうした育児労働が市場的に評価されない風土があること」等、親(特に、母親)の心が追いつめられやすいという社会環境がある。こうした環境は早急に改善していかなくてはならないが、状況は10年前と大差はない。
そこで、10年前と比べ、虐待件数が倍増した理由について、「10年前と現在とを比較すると、何が変わったのか」という視点から考えてみよう。
一つ目は、相談支援体制の改善があげられる。まだまだ改善の余地はあるが、19年前に児童虐待の防止等に関する法律ができたことをきっかけに、児童福祉法も有効に行使されるようになり、虐待に対する意識や知識が高まった。これらの法律はさらなる充実化に向けて改正を繰り返し、虐待の発見に寄与している。こうしたことが、報告件数の増加に影響を及ぼしたと考えられる。
二つ目の変化が、テクノロジーの発達だ。今まで一人で抱えていた心の奥底の本音を匿名で表現できる場が、ネット上にできた。育児の大変さだけでなく、匿名だからこそ語れる内容を不特定多数の人に向けてつぶやき、承認を得ることにより、ストレスを発散させ心の拠り所にする人も増えた。しかし、ここに大きな落とし穴がある。実は、そうした行動が個人だけでなく社会全体に孤独感を増長させ、それが、児童虐待や子どもの自殺の増加に関係しているのかもしれないのだ。
ここで、社会神経学の第一人者、故カシオポ博士らが実施した研究(※3)を紹介しよう。この研究で博士らは、5千人強の成人を30年間追跡し、「孤独感」の変化を経時的にマッピングし、孤独の広まり方を可視化した。すると、「孤独感は自分の友人の、友人の、友人まで、伝染力がある」「女性の方が男性より孤独感を広めやすい」「孤独な人は、数少ない、まわりとの人間関係も、後に断ち切る傾向にある」「孤独感は、人とのつながりを減らす原因であると同時に、人とのつながりが減ったことによる結果でもある」等といったことが明らかになったのである。
また感情というのは、SNS経由でも伝染することが確認されている(※4)。孤独な人のSNSを頻繁に見ることで、自分まで孤独感を募らせ、まわりに不信感を覚えるようになるのだ。さらに、つながりを求めてSNSを始めたのだとしても、SNSの利用頻度の高い人は孤立感や孤独感を覚えやすく(※5)、主観的幸福感が低下しやすいこと(※6) 等も、確認されている。
二つ目の変化が、テクノロジーの発達だ。今まで一人で抱えていた心の奥底の本音を匿名で表現できる場が、ネット上にできた。育児の大変さだけでなく、匿名だからこそ語れる内容を不特定多数の人に向けてつぶやき、承認を得ることにより、ストレスを発散させ心の拠り所にする人も増えた。しかし、ここに大きな落とし穴がある。実は、そうした行動が個人だけでなく社会全体に孤独感を増長させ、それが、児童虐待や子どもの自殺の増加に関係しているのかもしれないのだ。
ここで、社会神経学の第一人者、故カシオポ博士らが実施した研究(※3)を紹介しよう。この研究で博士らは、5千人強の成人を30年間追跡し、「孤独感」の変化を経時的にマッピングし、孤独の広まり方を可視化した。すると、「孤独感は自分の友人の、友人の、友人まで、伝染力がある」「女性の方が男性より孤独感を広めやすい」「孤独な人は、数少ない、まわりとの人間関係も、後に断ち切る傾向にある」「孤独感は、人とのつながりを減らす原因であると同時に、人とのつながりが減ったことによる結果でもある」等といったことが明らかになったのである。
また感情というのは、SNS経由でも伝染することが確認されている(※4)。孤独な人のSNSを頻繁に見ることで、自分まで孤独感を募らせ、まわりに不信感を覚えるようになるのだ。さらに、つながりを求めてSNSを始めたのだとしても、SNSの利用頻度の高い人は孤立感や孤独感を覚えやすく(※5)、主観的幸福感が低下しやすいこと(※6) 等も、確認されている。
このメカニズムを、日常の場面に当てはめて説明しよう。
最初は、育児のため心身ともにヘトヘトになり、社会に取り残されたような孤独を感じたときに、SNSにアクセスし、その大変さをつぶやくところから始まる。「いいね!」がつくと、気持ちが受け止められたように感じ、次第に快感を覚えるようになる。慣れてくると、公の場であることへの意識が薄らぎ、また匿名であることも手伝って「子どもが可愛いと思えない」等、その投稿内容はエスカレートしていく。
また同時に、いつも「いいね!」をくれる、似たような投稿をしている人の記事を読むようになる。「そうそう。私も、こうしたときに手が出そうになった」等と、自分の心が追いつめられた経験を思い出しながら共感しているうちに、気づかないうちに相手の孤独感や孤立感が伝染していて、我が子を含む、まわりの人や社会に対する不満や不信感をさらに高めてしまうのだ。
これは、親側に限ったことではなく、子ども側も同様だ。「毒親」についてのSNSを目にするうちに、「うちの親にも当てはまるかも?」と自分が過去に親からされた嫌な経験を思い出し、敵意や憎しみが増すようになる。
また、何かの拍子に「自分の子どもなのに、可愛いと思えない」と過去に親が投稿したつぶやきを、子どもが見つけてしまい、悲しみや怒りを感じ、それが憎しみに変わることもある。あるいは、「親にすら愛されない自分を必要としてくれる人はいないだろう」と、自分の存在を肯定できなくなるかもしれない。
孤独で苦しくて、その気持ちをネットに吐き出したくなることは、誰しもある。しかし、そうしたときには、まず一度、立ち止まって、想像してほしい。
「子どもを可愛いと思えない」という投稿をする前に、将来、成長した自分の子どもが、その投稿を目にしたら、どう思うか。
「親は、毒親だ」という投稿をする前に、将来、関係性の変わった自分の親が、その投稿を目にしたら、どう思うか。
そして、その投稿が、どれだけの孤独な人を、将来的に増やしてしまうのか、を。
児童虐待や子どもの自殺の増加傾向を食い止める第一歩は、身近なコミュニケーションの習慣を改めることにあるのかもしれない。
最初は、育児のため心身ともにヘトヘトになり、社会に取り残されたような孤独を感じたときに、SNSにアクセスし、その大変さをつぶやくところから始まる。「いいね!」がつくと、気持ちが受け止められたように感じ、次第に快感を覚えるようになる。慣れてくると、公の場であることへの意識が薄らぎ、また匿名であることも手伝って「子どもが可愛いと思えない」等、その投稿内容はエスカレートしていく。
また同時に、いつも「いいね!」をくれる、似たような投稿をしている人の記事を読むようになる。「そうそう。私も、こうしたときに手が出そうになった」等と、自分の心が追いつめられた経験を思い出しながら共感しているうちに、気づかないうちに相手の孤独感や孤立感が伝染していて、我が子を含む、まわりの人や社会に対する不満や不信感をさらに高めてしまうのだ。
これは、親側に限ったことではなく、子ども側も同様だ。「毒親」についてのSNSを目にするうちに、「うちの親にも当てはまるかも?」と自分が過去に親からされた嫌な経験を思い出し、敵意や憎しみが増すようになる。
また、何かの拍子に「自分の子どもなのに、可愛いと思えない」と過去に親が投稿したつぶやきを、子どもが見つけてしまい、悲しみや怒りを感じ、それが憎しみに変わることもある。あるいは、「親にすら愛されない自分を必要としてくれる人はいないだろう」と、自分の存在を肯定できなくなるかもしれない。
孤独で苦しくて、その気持ちをネットに吐き出したくなることは、誰しもある。しかし、そうしたときには、まず一度、立ち止まって、想像してほしい。
「子どもを可愛いと思えない」という投稿をする前に、将来、成長した自分の子どもが、その投稿を目にしたら、どう思うか。
「親は、毒親だ」という投稿をする前に、将来、関係性の変わった自分の親が、その投稿を目にしたら、どう思うか。
そして、その投稿が、どれだけの孤独な人を、将来的に増やしてしまうのか、を。
児童虐待や子どもの自殺の増加傾向を食い止める第一歩は、身近なコミュニケーションの習慣を改めることにあるのかもしれない。
※1:厚生労働省「平成29年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値>」平成30年8月30日
※2: 警察庁「平成30年(2018年)中における自殺の状況」2019年3月28日
※3:Cacioppo JT, et.al. Alone in the Crowd: The Structure and Spread of Loneliness in a Large Social Network. Journal of Personality and Social Psychology, 97, 6, 977-991. 2009.
※4:Adam D, et.al. Experimental Evidence of Massive-Scale Emotional Contagion through Social Networks. PNAS. Jun; 111 (24): 8788-8790. 2014.
※5:Primack BA, et.al. Social Media Use and Perceived Social Isolation Among Young Adults in the U.S. Am J Prev Med. Jul; 53(1):1-8. 2017.
※6:Kross E, et.al. Facebook Use Predicts Declines in Subjective Well-Being in Young Adults. PLoS ONE 8(8):e69841. 2013.
※2: 警察庁「平成30年(2018年)中における自殺の状況」2019年3月28日
※3:Cacioppo JT, et.al. Alone in the Crowd: The Structure and Spread of Loneliness in a Large Social Network. Journal of Personality and Social Psychology, 97, 6, 977-991. 2009.
※4:Adam D, et.al. Experimental Evidence of Massive-Scale Emotional Contagion through Social Networks. PNAS. Jun; 111 (24): 8788-8790. 2014.
※5:Primack BA, et.al. Social Media Use and Perceived Social Isolation Among Young Adults in the U.S. Am J Prev Med. Jul; 53(1):1-8. 2017.
※6:Kross E, et.al. Facebook Use Predicts Declines in Subjective Well-Being in Young Adults. PLoS ONE 8(8):e69841. 2013.
蝦名 玲子【All Aboutガイドプロフィールページ】
ミシガン州立大学大学院にて修士号(コミュニケーション学)、東京大学大学院にて博士号(保健学)を取得。複数の国公立の医学系研究所で勤務後、現職に。全国の官公庁や企業、大学等で「折れない心をつくる方法やコミュニケーション」の講演やコンサルティングを行う。日本健康教育学会代議員等を兼任。
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