専門家

子どもの命を守り、育むのが大人の責任。 制度を理解し、環境を整え「それは本当に 子どものためになっているのか」を問いかけていきたい【子育てガイド 猪熊 弘子】

ある時は保育系ルポルタージュの旗手として闇の中の真実を暴き出す気鋭のジャーナリストであり翻訳家。ある時は4児を育てる肝っ玉母さん。ある時はピアノを愛する趣味人。さらに准教授であり学生。いろいろな顔を持つ猪熊さんのブレない芯について伺った。

All About【子育てガイド 猪熊 弘子】

猪熊 弘子(いのくま ひろこ) ジャーナリスト。東京都市大学人間科学部客員准教授。 保育・教育、子どもの問題、施策を主なテーマに、執筆・翻訳のほか、テレビ・ラジオのコメンテーターや講演も行なう。4児の母。著書多数。『死を招いた保育』(ひとなる書房)で日本保育学会 日私幼賞・保育学文献賞受賞。

保育に詳しいジャーナリストとして

猪熊さんは、保育・育児に詳しいジャーナリストで、その著作は丹念な取材と膨大な資料の読み込みによる事実の裏付けによって書かれ、いずれも高い評価を受けている。

大学では英文科に属し、本人いわく「ほわほわした女子大生だった」とのこと。

ジャーナリスト人生は、今でいう学生記者の先がけからスタート、主に朝日新聞系雑誌などで記事を書くようになった。大学卒業後は教員になったが、記者に復帰。

その後、結婚・出産を経て、朝日新聞の『AERA with Baby』の創刊より編集者として関わり、次第に保育・教育関係の記事を多く手がけるようになる。

そのきっかけとなったのが「ちびっこ園新宿西口園」での死亡事故だった。2001年に、「ちびっこ園」という24時間の認可外保育所で、ひとつのベッドに寝かされていた4カ月の赤ちゃんが8カ月の赤ちゃんの下敷きになって死亡した痛ましい事件である。猪熊さんは、現在1996年生まれの長女を筆頭に4人のお子さんを持つ母親であり、当時も幼な子二人を保育園に預けて働いていたから、この事件には大きなショックを受けた。

さらに2005年には、公立保育園で4歳の男の子が本棚の下の引き戸の中に入り、熱中症で亡くなる「上尾保育所事件」が起こる。

「バイバイ」と手を振って別れたわが子が、その数時間後に、安全と思われていた保育所内で死亡する。本当に偶然の事故なのか、なぜわが子は亡くなったのか。

両親の心の叫びは、同時に猪熊さんの心の叫びでもあり、日本中の子どもを預けて働く親の気持ちであったろう。山のような裁判の資料を読み込み、関係者へ丁寧な取材を経て書き上げたのが「死を招いた保育~上尾保育所事件の真相」(ひとなる書房)である。

この本は、日本保育学会で「日私幼賞・保育学文献賞」を受賞し、今多くの保育現場で研修資料として読まれている。
大きな災害の中でも保育者に守られて助かった命がある(「命を預かる保育者の子どもを守る防災BOOK」に詳しい)、一方で安全なはずの施設にいながら落とした命もある。

「子どもの命を守る」ということ。保育者にとって、親にとって、これほど大切なことはないのだというメッセージを、猪熊さんの著作の数々から強く感じることができる。


ノーベル平和賞受賞者であるムハマド・ユヌス氏の自伝の翻訳を手がけた書(左)。上尾保育所事件について書いた「死を招いた保育」(中)と東日本大震災の被災地での幼稚園、保育園について書いた「命を預かる保育者の子どもを守る防災BOOK」(右)。ほかにも子どもや子育て、女性や家族の問題について、多くの本を書いている


今、大学院の博士課程前期で、保育や福祉について学ぶ学生でもある。「すごく勉強になりますねえ、学生のころはちっとも勉強しなかったけれど(笑)」

All Aboutでは、制度についてわかりやすく。親の気持ちに寄り添う記事も

『AERA with Baby』の創刊と重なる時期、All Aboutガイドの公募を知って応募し、合格。2006年「保育園・幼稚園」のガイドとなる。

ガイド記事では「待機児童とはなんぞや」「子ども・子育て支援制度ってなんなの?」など、複雑で猫の目のようにコロコロと変わる子育て支援の枠組みについて、タイムリーにわかりやすく伝える。

一方で、母親目線の記事も人気だ。たとえばワーキングママとしての掃除や料理の時短テクや、「白米」だけのお弁当を持たせなければいけなかったときの裏ワザ(文末のお気に入り記事に記載)などなど。

実体験に基づいた記事からは、時には必死で、時には楽しみながら、仕事と育児を両立している様子が見てとれる。
「こうすればすごく楽ちんよ!子育てを楽しめるわよ!」というメッセージがたくさん詰まったガイド記事は、職場やママ友によくいる「頼りになる先輩ママ」のよう。

猪熊さん自身の子育てはどんな風だったのだろうか。


「双子の男の子もご飯を炊けるようになって、最近は半熟卵かけご飯を作れるようになったのよ!」

「ママ友」は、子どものためのサポートチームであれ

猪熊さんによれば、娘ふたりの子育ての時代は、そこそこラクだったらしい。

「あのままだったら『子育てって、ちゃんとやっていればそれほど大変なことではありませんよ』なんて言う嫌な奴になっていたかもしれません(笑)」。

ところがその後双子の男の子が産まれ、状況は一変。子育ての大変さをイヤというほど味わうことになる。
「パッと違う方向に走り去ろうとする双子を間一髪で同時に腕をとる『双子の真剣白刃取り』ができるようになったのよ」と笑う。


そんなエピソードも今では笑って話せるが、上に二人の子がいるところに双子の男の子を抱え、子どもの送り迎えや家事、洗濯などの負担が急増。双子はオムツやミルクも2倍、重さも2倍。一人の子育てとは全く違い、どうしていいかわからないと途方に暮れた時期もあった。そんなとき、頼りになったのは、インターネットの存在だった。

双子を持つ親のサイトを読んで、目の前の問題が瞬時に解決したり、双子を育てている他のママたちに知り合うこともできた。
「引きこもっていても、インターネットが通じていればなんとかなるというのが現代の子育て。自分も経験してきて、現代はインターネットの位置づけがすごく重要だと思います」

だから、最近のベビーシッター事件(注)に象徴されるようなインターネットを使った事件について、安易に批判はできない。批判をするのは簡単だが、ことはそう単純ではないと思うからだ。

では、ママ友付き合いの記事も多い猪熊さんは、ママ友トラブルなどの問題はどう感じているのだろうか。猪熊さんはちょっと考えて言葉を選びながら「ママ友同士がお互いを『子どものためによりよい環境を整えていくチーム!』くらいの意識になっていければいいんですけれどね」と語った。

「わが子のことだけを考えていると、おかしなことになっていく。ママ友問題のほとんどはそこに起因するんじゃないかしら」とも。
真実を鋭く追求するジャーナリストの一面と母親目線の記事は、一見かけ離れているようにも見える。けれども、「子どものためになっているか?」という視点と思いは一貫している。

「親の考え方は様々。その親のライフスタイルに合わせて子どもをのびのび育てられることが大事ですね。一方、保育園や幼稚園は、子どもの個性を尊重しつつ、親子にとって居心地のよい場所であることを常に目指さなければいけない。単なる見た目重視のサービスでもいけない。『子どものためになっているか』ということを常に念頭に置くと、親も保育者もブレないのではないでしょうか」と猪熊さんは言う。

(注)2014年3月ベビーシッターサービスサイトを利用して預けられた幼児が死亡した事件。


携帯は、仕事と家庭用で使い分けている。子どもとの連絡用の携帯(右)には子どもが好きなキャラクターをつけて

「ピアノ」が大好き!

猪熊さんのお子さんは現在、高校3年、中学3年の女子、小学校4年男子の双子ちゃんの4人。ほんのちょっぴり子育てもラクになった。

娘2人といるときは、「女子寮状態」。おしゃべりに花が咲き、同志のような関係だ。

4人の子どもといるときは「全員の話を同時に聞きとる聖徳太子のような技も会得したの」という。お子さんの話をするときの猪熊さんはとっても楽しそうだ。

趣味はピアノ。全国を飛び回り、超多忙な猪熊さんにとってなかなか練習をする暇がないのが悩みの種だが、演奏だけではなく「ピアノ」そのものも大好きなのだそう。全国に取材に行くたびに街一番の楽器店に飛び込んではピアノをチェックし、すごい職人や調律師がいると聞けば飛んでいってインタビューしてしまう。取材先の幼稚園や保育園でもまずピアノをチェックして、鍵盤をなでてしまうほど。

調べれば調べるほど奥深いピアノの世界に魅入られているそうだ。

「そろそろ、ピアノについてひそかに書き溜めたものをまとめたい。できれば子ども向けの本にしたいんです」とこっそり教えてくれた。

ただしその前にまだやることがありそう。
「来年度2015年4月から『子ども・子育て新支援制度』が導入されます。幼稚園や保育園の利用方法がガラっと変わるの。大変なことになっちゃう。今、どうやって保活をしたらいいのかシミュレーションしているけれど、一番いい方法が全然みつからないの」。そう言って、次の取材場所へと足早に去って行った。

猪熊さんが「ピアノについての本」をのんびりと執筆する日までには、まだ時間がかかりそうである。


ただ今練習中のピアノの楽譜。先生からは常に4曲課題が出る。ソロのほかに連弾のレッスンも。家にはアップライトとグランドの2台を置く。ピアノを弾くと夢中になることができ、リラックス効果は抜群


miumiuのバッグは長年使っているお気に入り。愛用のMacbookAirを入れて持ち歩く


近著 【「子育て」という政治】 2014年7月に出版された「『子育て』という政治」(角川SSC新書)では、「子育て」が最も政治に近いこと、「子どもは未来そのもの。誰もが『この国をどうしていくのか』を考えるべきだ」と訴える。
文/宗像陽子 写真/須藤明子
※本記事の内容は取材時点(2014年8月)の情報です。
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