美味しさだけではない パンがもっている豊かさを伝えたい【パンガイド 清水 美穂子】
美味しいパン屋さんの情報は巷にあふれている。しかし、清水美穂子氏が綴るパンの記事はそんな情報から一線を画している。なぜパンの美味しさだけを伝えることにとどまらなかったのか、パンというテーマにどのように向き合っているのか――その原点と原動力を聞く。
All About【パンガイド 清水 美穂子】
清水 美穂子(しみず みほこ) 東京生まれ、東京都在住。美味しいパンとそれをつくる人びとを取材し、書籍、雑誌などで執筆する一方、パンのある食事の愉しみを提案する日々。パン関連企画のコーディネート、コメント多数。店舗設計施工の仕事にも携わる。著書に『日々のパン手帖』『おいしいパン屋さんのつくりかた』 |
6月某日、ベーカリーショップ「シニフィアン・シニフィエ」の店内にて、シェフ志賀勝栄氏を前に、清水さんはガイドを始めた頃を振り返る。もともと物作りの仕事に興味があり、“職人”にスポットをあてたかったという清水さん。
何人かのパン職人の記事が掲載されている専門誌で志賀シェフのことを知った。実際に志賀氏シェフ焼くパンを食べ、その美味しさに感動し、その美味しさの向こう側にいる作り手のことを知りたいと思っていたという。そんな清水さんは志賀シェフを直撃し、取材を依頼する。のちにこの取材はAll Aboutの記事になった。
何人かのパン職人の記事が掲載されている専門誌で志賀シェフのことを知った。実際に志賀氏シェフ焼くパンを食べ、その美味しさに感動し、その美味しさの向こう側にいる作り手のことを知りたいと思っていたという。そんな清水さんは志賀シェフを直撃し、取材を依頼する。のちにこの取材はAll Aboutの記事になった。
パン職人志賀勝栄氏との出会い
「志賀さんの焼くパンは、何が入っているというわけでもなく、シンプルでありながら美味しい。なぜこんなに美味しいんだろうと。この美味しさの裏側を知りたいと思ったんです。まだ、All Aboutも私の名もあまり知られていない頃で、声をかけるのには、正直、勇気が必要でした(笑)」と清水さんが話すと、志賀シェフも清水さんと初めて出会ったときを振り返ってこう話す。
「とてもよく勉強していらっしゃっていて、誠実な方だと思いました。何よりも取材して書いていただいた文章をみたら、直すところがあまりなかった。これはうれしかったですね。清水さんの記事は、余計な脚色もなく、こちらがこのぐらいで書いてほしいなと思っていたとおりの文章だったんです」
この志賀さんの評価が、清水さんのガイド記事のスタイルを変えた。
「ただ自分が思ったこと、志賀さんから教えていただいたことを書いただけだったんです。それなのに、志賀さんから『ちゃんと書いてもらった』とのお言葉をいただいて。
それからは、お店の紹介と“美味しい”ということを書くだけではなく、どういう人が焼いていて、どういう気持ちで焼いていて、どんな素材を使って、それを使うとどういう味や食感になるのか、ということを、書いて伝えるのが楽しくなったんです」
「とてもよく勉強していらっしゃっていて、誠実な方だと思いました。何よりも取材して書いていただいた文章をみたら、直すところがあまりなかった。これはうれしかったですね。清水さんの記事は、余計な脚色もなく、こちらがこのぐらいで書いてほしいなと思っていたとおりの文章だったんです」
この志賀さんの評価が、清水さんのガイド記事のスタイルを変えた。
「ただ自分が思ったこと、志賀さんから教えていただいたことを書いただけだったんです。それなのに、志賀さんから『ちゃんと書いてもらった』とのお言葉をいただいて。
それからは、お店の紹介と“美味しい”ということを書くだけではなく、どういう人が焼いていて、どういう気持ちで焼いていて、どんな素材を使って、それを使うとどういう味や食感になるのか、ということを、書いて伝えるのが楽しくなったんです」
初めてお会いしてから、もう10年以上経つんですね」とお互い笑う志賀シェフと清水さん。 |
探究心を刺激された長時間発酵バゲット
以来、志賀シェフを追い続けているという清水さん。独創的なパンを次々と作り出している志賀シェフから、目が離せないという。例えば、清水さんが2002年の記事にも書いている長時間発酵のバゲット。味が濃く香りも強い。「これほどまでに職人の名前とともにそのバゲットが語られる例を他に知りません」と清水さんは言う。
「最初、なぜこのバゲットは甘いのだろうと思いました。もちろん理由がいくつかあって、そのひとつがイーストの量なんです」と清水さんが言うと、志賀シェフが続ける。「イーストの量を20分の1に抑えて、発酵時間をその分長くしたんです。イーストは小麦粉の糖を食べるので、そのイーストが少ない分、糖分が残ることになります」
発酵時間を長くしたことには他にも理由がある。パン職人の労働時間の短縮化だ。かつて志賀シェフは大量の注文をさばくために、帰る前に生地を仕込み、夜中に出勤していた。しかし、発酵時間を長くすれば、前日から生地を仕込み、翌日朝からパンを焼く準備にとりかかれるというわけだ。
「志賀さんの取り組んでいることは、一つ一つ奥が深いんです。私の“知りたい”という探究心を刺激してくれました。そんな私の問いに、志賀さんは丁寧にわかりやすく説明してくださるんです。おかげさまで、パンの素材や酵母の働きについて、志賀さんからたくさんのことを学びました」
「最初、なぜこのバゲットは甘いのだろうと思いました。もちろん理由がいくつかあって、そのひとつがイーストの量なんです」と清水さんが言うと、志賀シェフが続ける。「イーストの量を20分の1に抑えて、発酵時間をその分長くしたんです。イーストは小麦粉の糖を食べるので、そのイーストが少ない分、糖分が残ることになります」
発酵時間を長くしたことには他にも理由がある。パン職人の労働時間の短縮化だ。かつて志賀シェフは大量の注文をさばくために、帰る前に生地を仕込み、夜中に出勤していた。しかし、発酵時間を長くすれば、前日から生地を仕込み、翌日朝からパンを焼く準備にとりかかれるというわけだ。
「志賀さんの取り組んでいることは、一つ一つ奥が深いんです。私の“知りたい”という探究心を刺激してくれました。そんな私の問いに、志賀さんは丁寧にわかりやすく説明してくださるんです。おかげさまで、パンの素材や酵母の働きについて、志賀さんからたくさんのことを学びました」
取材に欠かせないノートと書き慣れたペン。志賀さんの言葉は、一言ももらさず書き留めたいという清水さん。 |
食全体を見渡す広い視点をもちたい
「志賀さんのパンは唯一無二で、原点にはその時々のテーマがあります」と清水さんは話す。
志賀シェフの最近のテーマは“いままであった状態を自然の状態に戻すこと”だ。
「例えば、さきほどのイーストの話にしてもそうです。イーストは短時間で効率よくパンを発酵させるために、自然界に存在する酵母菌の中から発酵の力が強い菌を抽出して純粋培養した、つまりは工業的に作られたものです。そうした人工的につくったものを多く摂ると、ヒトの身体にどう影響するのかが気になるところです。だから僕は、そのイーストをなるべく少なくして、自然に近い酵母量で作りたい。食にたずさわっている者として、常にヒトに与える影響を考えていかなければならないと思うんです。すごく真摯に謙虚に、食というものを考えていきたい」
「志賀さんのもつテーマは、ただ美味しいからというだけではないんです。常にこの時代を生きる人の体のことを考えていて、食全体を見渡す広い視点をもっている。私も食にかかわる者として、同様な視点をもっていたいと思っています」と清水さんは話す。
パンのことだけではなく、志賀さんが自分の興味をいつも静かに追究して、苦労もあると思われるなかで、飄々と仕事する姿に学ぶことが多いという。
志賀シェフの最近のテーマは“いままであった状態を自然の状態に戻すこと”だ。
「例えば、さきほどのイーストの話にしてもそうです。イーストは短時間で効率よくパンを発酵させるために、自然界に存在する酵母菌の中から発酵の力が強い菌を抽出して純粋培養した、つまりは工業的に作られたものです。そうした人工的につくったものを多く摂ると、ヒトの身体にどう影響するのかが気になるところです。だから僕は、そのイーストをなるべく少なくして、自然に近い酵母量で作りたい。食にたずさわっている者として、常にヒトに与える影響を考えていかなければならないと思うんです。すごく真摯に謙虚に、食というものを考えていきたい」
「志賀さんのもつテーマは、ただ美味しいからというだけではないんです。常にこの時代を生きる人の体のことを考えていて、食全体を見渡す広い視点をもっている。私も食にかかわる者として、同様な視点をもっていたいと思っています」と清水さんは話す。
パンのことだけではなく、志賀さんが自分の興味をいつも静かに追究して、苦労もあると思われるなかで、飄々と仕事する姿に学ぶことが多いという。
取材時の撮影だけではなく大切な記録としても使用するカメラは、清水さんの必須アイテムだ。 |
“パン”というテーマに出合う
両親ともに翻訳や編集に携わっていた環境もあって、子どものころから「文章を書いて何かを伝える」という仕事に憧れをもっていたという清水さん。しかし、それはずっと憧れのまま、一般の企業に就職。仕事も楽しく、それなりに充実した生活を送っていたという。そんな中、インターネットが普及し始める。
「やっと書く場所ができたと思い、さっそくホームページを作りました。まだ、ブログなどもない時代です。そのホームページで、好きなものや一緒に暮らしている犬のことなどを書いていたんです」
このホームページがきっかけで知り合った人から、All Aboutの立ち上げ当初、ガイドにならないかと声をかけられる。どのテーマならガイドができますかと聞かれて、候補をいくつか挙げた。そのひとつに“パン”があった。パンは好きだったものの、マニアでもなく、愛好会などにも属していなかった。しかし、パンというテーマに強く興味があったと清水さんは話す。
「初めての人同士が合った時に、『どこのパンが美味しい』といったパンの話は盛り上がるし、今、日本のパンはおもしろくなってきていると肌で感じていたんです。パン職人というテーマにも興味があり、パンのことなら毎日でも書き続けられると思いました」
ちょうど美味しいパン屋さんが話題になることも多くなり、個性的なパン屋さんも増えてきた頃だった。
「やっと書く場所ができたと思い、さっそくホームページを作りました。まだ、ブログなどもない時代です。そのホームページで、好きなものや一緒に暮らしている犬のことなどを書いていたんです」
このホームページがきっかけで知り合った人から、All Aboutの立ち上げ当初、ガイドにならないかと声をかけられる。どのテーマならガイドができますかと聞かれて、候補をいくつか挙げた。そのひとつに“パン”があった。パンは好きだったものの、マニアでもなく、愛好会などにも属していなかった。しかし、パンというテーマに強く興味があったと清水さんは話す。
「初めての人同士が合った時に、『どこのパンが美味しい』といったパンの話は盛り上がるし、今、日本のパンはおもしろくなってきていると肌で感じていたんです。パン職人というテーマにも興味があり、パンのことなら毎日でも書き続けられると思いました」
ちょうど美味しいパン屋さんが話題になることも多くなり、個性的なパン屋さんも増えてきた頃だった。
最近、アイテムとして新たに加わったipad。メモがわりに使うことも多いという。 |
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