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文房具が特別な存在に変わったきっかけは 幼いころ、母に買ってもらったグルービーケース 【ステーショナリーガイド 土橋 正】

人生の折り返し地点に立ったときに考えた、「これからの自分」。小学生の頃から大好きだった文房具がビジネスになる。その「原点」を探る。

All About 【ステーショナリーガイド 土橋正さん】

土橋正(つちはし ただし) ステーショナリージャーナリストとして、執筆、自身のWEBサイト・メールマガジンの発行の他、TV出演、各種雑誌の原稿の執筆、文具メーカー・ショップのコンサルティングなどを行っている。著書には『やっぱり欲しい文房具』(技術評論社)、『仕事にすぐ効く 魔法の文房具』(東京書籍)、2011年8月刊行の『文具の流儀』(東京書籍)。

道具としての文房具から、楽しみな存在へ

気に入った文具があれば、その日の気分がよくなり、お気に入りの文房具が、やる気を奮いたたせてくれるという土橋さん。

その原点は小学生にさかのぼる。「私の母は、家具やインテリア小物を扱う店が好きな人で、当時、よく一緒に出かけていました。そういった店の隅には輸入ものや素敵なデザインの文房具がおいてあるんです。あるとき、格好いいデザインのグルービーケース(厚紙でできたA4サイズほどのボックス)を見つけて、母にねだって買ってもらいました。これを塾に持っていくのが楽しくて、嫌いだった塾通いが楽しみになったんですよね」

人とは違う文房具は、友達への自慢ではなく、持っていること自体が嬉しかった。「単なる道具でしかなかった文房具が、特別な存在へと変わっていきました」

万年筆は2~30本あり、その時々で、お気に入りのものを持ち歩く

32歳、人生の折り返し地点で

ずっと文房具は好きだったものの、この時はまだ仕事にしようとは思っていなかった。大学卒業の時は、展示会を主催する会社へ就職。「入社したのは10人。それぞれが違う業界の展示会に配属さる中、私は偶然にも文房具の展示会に配属されたんです。そしてこの時期、展示会を通じたくさんの文具を見て触れることができました」

以降10年間、展示会ビジネスに身を置いていた。しかし、32歳を迎えた頃、人生70歳までだとしたら、今が折り返し地点ではないかと思うように。「今のままの仕事で同じ生活が繰り返されるとしたら、それは本当に幸せなのか……と自分に問いかけてみたところ、そうじゃないような気がしたんです。今、判断しないと、このまま進んでしまう。この時、自分で何か仕事がしたい、独立したいと強く思うようになったんです」

とはいえ、一体自分は何ができるのだろうか。そう考えていた時、元起業ガイドである藤井孝一氏の著書に感銘を受けた。そこには、自分の得意分野、好きなことをビジネスにすればいいと記されていた。自分の得意分野と思いめぐらせ、浮かんだキーワードこそが“文房具”だった。これまで多くの文房具に携わり、仕事で培った経験が、自分でビジネスをしていく上できっと役に立つ。そしてなにより、文房具が好きだという思い。土橋さんは、文房具をテーマに、独立することを決意した。

最近のお気に入りは三菱の赤・青鉛筆。薄くぬるとマーカーにも

文房具について書くことが、心地よく楽しい

展示会の会社を辞めた後、ベンチャー企業に就職しながら、週末起業としてスタート。’03年当時は、ブログもなく、メルマガとホームページを立ち上げた。「毎回、一つの文房具を取り上げて、その使い心地などの情報を発信し始めたんです。でも、どれだけ情報発信しても、仕事の依頼がくるどころか、全く反応はなかったですね(笑)」

そんな状態が約1年続いたものの、不思議と辞めたいという思いはなく、むしろ心地よさがあった。「今でこそ、初対面の人にも文房具が好きだと公言できますが、当時はなかなかそう言える雰囲気もなかったし、文房具について熱く語ることができる仲間も周りにいなかった。でもウェブサイトなら、誰かが見てくれている感じがして、それが嬉しく、心地よさもありました」

また、文章を書くのは昔から嫌いで、苦手意識さえあった。しかし、文房具については、自然と筆が動いた。「文房具が好き。そのよさを少しでも伝えたい。そんな思いがあったので、書くことが楽しいとさえ思えたんです」

週末起業を始めて1年が過ぎた頃、オールアバウトのガイドに応募。2度断られたが諦めきれず、3度目の挑戦でようやくガイドに。ガイドになると、すぐに書籍の依頼が飛び込み、定期的な仕事の量も増加。会社を辞め、本腰を入れて文房具の専門家としての活動が始まった。

万年筆ペリカン スーベレーンM800とオリジナルの原稿用紙があれば、すべるように原稿が書けるという

校正専用の万年筆。この1本を持つようになってから、校正作業もやる気に。校正紙は、リーガル エンベロープに入れて。

文房具には輝いている瞬間がある

サラリーマン時代から、常に相手の持っている文房具に目がいくという。なかでも、とくに印象深いのはラミーサファリの万年筆。

「18年ほど前、自宅を建てるために設計士の方と打ち合わせをしていた時のこと。その方が図面に、ラミーサファリの万年筆で描いている姿がとにかく格好よかった。文房具は売り場に置いてある時は一つの商品なんですけど、使っている人と一体になった時が、一番美しく、輝いている瞬間だと思うんです。その瞬間がまさに、この時。すぐに同じものを買いにいきました(笑)」

これがラミーのよさを知るきっかけとなり、今ではラミーのアイテムはほとんど持っているという。

ラミー万年筆の中でも、初めて買ったのが赤のラミーサファリ

文房具のよさを伝えるために

読者の方から「コラムを読んでいると、その文具を使っているような気分になる」と言われるのが嬉しいと土橋さん。そこには、徹底した文章と写真へのこだわりがある。「文房具は手にしないと、その使い心地やよさがわからない。だからこそ、手触りや、ノックした時の重み、書いた時のなめらかさ…、あたかもその文房具を使っているかのような表現を意識していますね。五感にうったえかける、そんな感じです。写真もすべて自分で撮影し、ペン先を拡大して撮ったり、必ず接写するようにしているんです。“シズル感”“躍動感”を少しでも出したくって」

また、最初の原稿は原稿用紙に万年筆で書き、その後パソコンでテキスト化するという工程も欠かせない。「いきなりパソコンで書くと、文章がどうしても平坦になってしまう。文房具の使い心地などの感情を伝えるには、やっぱり手書きがいいですね。それに、何より万年筆が好きですから」

1冊の本を書くのにも、最初の原稿は必ず手書きをするのが土橋さん流
文/山本初美 写真/金田邦男
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