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住まいを考えることは生き方、人生を考えること。 歴史の上に街はあり、自分たちの暮らしが将来の街を作っていく【住みやすい街選び(首都圏)ガイド 中川 寛子】

不動産業界に長く関わり、住宅関連の書籍や雑誌などの編集やセミナー講師に携わる中川さん。街歩きを愛し、住みやすい街について情報発信を続けている中川さんの、ガイドの原点を探った。

All About【住みやすい街選び(首都圏)ガイド 中川 寛子】

中川 寛子(中川 寛子) 不動産業界に長く関わり、住宅関連の書籍や雑誌などの編集やセミナー講師に携わる中川さん。街歩きを愛し、住みやすい街について情報発信を続けている中川さんの、ガイドの原点を探った。
取材当日は、月島のとある佃煮屋前での待ち合わせだった。その10分ほど前だったろうか、近くの神社できちんと居住まいを正して、手を合わせ、礼をしている女性がいた。それが中川さんだった。
きりりと意志の強そうな大きな目は、にこやかに笑うと細くなる。背筋を伸ばしスタスタと先に立って歩き、月島の街を案内してくれた。

「月島の街の魅力のひとつは、徳川時代の景色から、時代の最先端をいくタワーマンションまで同じ視界の中に入ってくることですね」

まさに400年を一瞬で旅するような錯覚にとらわれる。それは街の面白さを実感する瞬間でもある。しかし中川さんが月島を取材場所に指定したのは、それだけではない。


手前には「徳川幕府より建立を許された柱が埋設され云々」の立札。後方にはタワーマンション。一気に400年の時を超える

地図と辞書は、知らない事象への招待状

幼い中川さんは、人とのコミュニケーションがそれほど上手ではなかったが、感受性は大変豊かだった。小学校に入る前に「泣いた赤鬼」を読んで号泣して本を濡らし、怒られたという。やりたいことは徹底して集中し、まわりが目に入らない。ドラマを見ているときは「瞬きをしなさい!」とよく注意されるほどだったそう。
中川さんの実家には、テレビの下にいつでも置いてあるものがあった。それは地図と辞書。知らない土地や言葉が出てくるとすぐに調べるのが実家の習慣だったという。
地図と辞書は幼い中川さんにとって、小さな存在である自分を新しい世界に誘ってくれる招待状のようなものだったのかもしれない。

さらに、中学、高校では社会科の先生に恵まれ、地理に関心を持つようになる。そして高校の地理の授業でフィールドワークの楽しさを知った。
「最初のフィールドワークの行き先が月島だったんです」と中川さん。
「当時住んでいたところは練馬区。同じ東京でも、地域によってこんなに雰囲気が違うということに驚きました」
小さい頃から地図に親しんでいたことと、リアルなフィールドワークで地理を体感したこと、それが中川さんの街歩きに興味を持つ原点となった。


「初めてのフィールドワークのときに佃煮の店に入り、店の裏にある佃煮を作るお釜を見せてもらったんですよ。こちらのお店だったかもしれません」味見用に佃煮をいただき、にっこり


東京の地形の生い立ちについての名著「東京の自然史」貝塚爽平著(1988年)。大切にしている本のひとつ

住みやすい街を求めて

大学卒業後、住まいに関する書籍編集の仕事に就いた中川さんは、その後ずっと不動産業界に関わることとなる。
人は誰でも、「住みやすい街」を求める。けれども住みやすい街とは一体なんだろう。それは人によって異なるものだ。24時間ネオンが光り輝く街に居心地の良さを感じる人もいるだろうし、ツンとすましたおしゃれな街に憧れる人、隣の家の軒とくっつくような下町が落ち着く人もいるだろう。

不動産を買うときは「駅から●●分」「●●平米」といった情報だけに振り回されがちだが、その情報だけでは人は満足のいく不動産を得ることはできない。

中川さんは、建物だけではなく地域の情報や地盤、その土地の歴史にまで踏み込んで情報を伝えることで、家を探す人にとって「一番住みやすい場所」の情報を伝え続けている。なぜ、それが必要だと思ったのだろうか。


「人間臭さの漂う街が落ち着く人もいれば、そうでない人も。街全体の雰囲気を知ることは不動産を選ぶときに重要ですね」

阪神淡路大震災がきっかけとなり 地形・地盤の大切さを実感

高校時代にフィールドワークを経験したことで、中川さんは街歩きを純粋に楽しむようになった。それが楽しむだけではなく、不動産の価値として地理や歴史を意識するようになったきっかけは、阪神淡路大震災であった。
家は住む人を守り、幸せにする。阪神大震災のときにあっけなく住宅が倒壊し、生活を壊された人たちを見たことは、強烈なショックとして中川さんの心に刻まれた。
その経験から「安易に住まいを選ぶことなく、不動産のプラスもマイナスも知り、土地を選ぶことが必要だ」と感じるようになったという。

不動産業界の情報は、なかなかネガティブ情報は流れにくいもの。だが、広い意味で多角的な情報をもっとオープンにしていくことが必要なのではないか。その思いはその後、東日本大震災により、住む場所で安全に大きな差が出ることを目の当たりにして、確信に変わっていく。

「水は低きに流れることを知っていれば、土地の高低差を知ることがどれほど大切かわかるはず」と中川さん。また低地であれば、地盤も軟弱になりやすい。「その土地はどんな地盤で、どんな歴史を持って、今ここにあるのか。自分はどう暮らしていきたいのか。大きな買い物なのだから、もう少しよく考えた上で決めて欲しいなと思います。そのための情報はこれからもどんどん発信していきますが、不動産を購入する人も情報をしっかり集めて欲しいですね」
こうして、仕事と趣味を兼ねたような中川さんの街歩きは、今日も続く。


「高層マンションの最上階と、下の階とでは、壁の厚さが違うんですよ。なかなかそんな情報は出ないけれど、もっと正直に出してもいいんじゃないでしょうか」

街の情報を読み解きながら歩く

楽しみながら街を歩く。ただし漫然と歩くわけではない。
高いところには上り、上から街全体を眺める。
道に傾斜があれば、かがんで傾斜をはかり、なぜ傾斜があるのか理由を推し量る。地盤が変わっているにはわけがあるのではないかと歴史を探る。

歴史を示す看板や標識ももちろん見逃さない。
商店街を行けば、五感を駆使して活気があるかどうか探る。
「街自体が発している情報も見逃しませんよ。街を歩けば、なんでもわかります。年寄りに向いている街なのか、若者を歓迎する街なのか、どんな人に来て欲しいと思っている街なのか。歩いている猫だって街によって趣が違いますからね」と笑う。
こうして土地の生きた情報を、次から次へと文字にして紡ぎ出す。



手軽に持ち運びできるカメラを愛用

ライフワークとして記事を書く

All Aboutで記事を書き始めたのは2005年から。「住みやすい街選び(首都圏)」ガイドとしてデビュー。高校時代から続けていたフィールドワーク経験を生かせるというのが、そのテーマを選んだ理由だった。
10年以上All Aboutに記事を書いていることについて伺うと「楽しいんです」とのお答え。好きなことを書かせてくれる。それは、自分が疑問に思ったこと・興味持ったことなどを、時間をかけ、長期的に考えながら調べ、学んで行けるということでもある。ライフワークとして続けていけるということだろう。
長く記事を書いていることで、ガイド仲間も増えた。たとえば東京スリバチ学会に入会し、様々な得意分野の人と街歩きをするようになったことは、収穫だった。全く違う専門分野の人と歩くことで街の景色も違って見え、視野が広まったと感じている。
注)東京スリバチ学会
東京の谷を気ままに歩き回る会。丘に登って谷を眺めることもあり。
https://www.facebook.com/244418162281909/photos/a.379098792147178.84324.244418162281909/379098795480511/?type=1&theater


常に携帯している防災グッズ。自宅から20キロ以上離れるときはさらにアーミーナイフ、手回しラジオ、手ぬぐいを追加する

歴史の上に街があり、人の暮らしが将来の街をつくる

住まいを考える上で、まだまだ「地形」や「地盤」にまで考えが及ばない人も多いが、中川さんはその大切さをずっと訴えてきた。そして自身の主張と、世の中の流れが最近少しずつ重なってきた手応えを感じている。
そのひとつが地形図だ。ここ数年で地形の凸凹、新旧がよりわかりやすく表示される地図が出てきた。色分けした地図で見れば土地の高低、新旧などは一目瞭然だ。スマホ対応でGPS機能がついたものもあり、我々素人にとっても今立っている地形の状態がひと昔前よりずっとわかりやすくなってきた。

「歴史や地形は今の街を作っているからとても大切な情報です。では、将来の街は?自分たちの暮らしが将来の街を作るんです。街を作るのはやはり、人。将来の街を住みやすくするのは自分たち自身ということを忘れてはいけませんね」

今後はさらにジャンルを超えていろいろな人に会ってみたいと語る中川さん。「不動産業界で固まるのではなく、さまざまな業種の人とコラボを実現したほうが効率的にできることもある」と感じている。
やりたいテーマは山のようにある。行きたいところも会いたい人もたくさんだ。
「10年たってもきっと私はセカセカと歩き回っていると思いますよ」
そうにこやかに言って、中川さんはきちんとお辞儀をして、スタスタとまっすぐ駅に向かって歩いていった。


歯に衣着せず物申すスタイルは、昔から。不動産情報のプラス面もマイナス面も発信することで、消費者に、考え、選択することを求める
協力 佃島 天安
http://www.tenyasu.jp/
文/宗像陽子 写真/須藤明子
※本記事の内容は取材時点(2014年12月)の情報です。
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