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本物の良さを伝えたい。モノを大切にすることで、ヒトも社会も変わっていく【ファニチャーガイド 石川 尚】

椅子やテーブルの紹介だけではない。石川さんのガイド記事は、椅子やテーブルがある空間そのものを切り取る。「椅子だけではない。時計だって、ファニチャーそのもの」。本物を見極める目を育てた、その原点を探る

All About【ファニチャーガイド 石川 尚】

石川 尚(いしかわ なお) ファニチャーデザインのプロが、快適空間のための感性とデザインをお届けします!

欲しいものは、真似て自分で作る

大分市内の木造の市営住宅。それが石川さんの生まれ育ったところだ。
生まれたのは昭和30年代の初め。戦争はとっくに終わっていたものの、まだまだ高度成長期の前のこと。地方都市は牧歌的で平和ではあるけれど、あふれるほどのモノはなかった。

石川さんの家は、土建業を営む父親が「雨露しのげればいい」と大雑把に改造をした家だった。しかし友達の家に行ってみると、自分の家にないものがある。たとえば素敵な応接間であったり、白い壁だったり、ステレオだったり…。うらやましい。そんな時にはじっくり観察して、真似をして作れるものは作る。
友達の家には立派なステレオがあれば、ベニヤ板で枠を作りレコードプレーヤーを覆い、ステレオのように見える箱を作った。

流行りのサンダーバードのプラモデルも、1号から5号まで揃えたいけれども叶わない。当時は、プラモデルを買ってもらえるのはお年玉か誕生日くらいだったから、「1号から5号までそろえるのに5年かかっちゃうよ」と石川少年が思ったのも無理はない。

少年は、設計図を書き、組立もして、1号から5号までペーパークラフトで作ってしまった。もちろん録画機能のテレビもないから、じっとテレビ画面を見て覚えて作ったという。

「でもね。僕が特別なわけじゃないよ。昔はみんなそんな経験をしていると思う。自分の環境の中で違うものを見ると『あれ、いいなあ。どうやったらできるかなあ。』と思う。自分の環境を変えることはできないから、まず真似をして作ったんだね。それが将来につながるかどうかは、何かきっかけがあるんだろうね。」

まずは真似て作るという方法は今でも石川さんの流儀。現在専門学校で教鞭をふるうが、名作の椅子を分解しペーパークラフトやミニチュアモデルを作って、一から実物大の椅子を再現製作するという授業を長年続けているそうだ。

何かにつけ大雑把で合理的だった父に反発したことも。しかし父は引退後すべての仕事をやめて能面を彫り始めた。その時初めて、自分たちを育てるために父が多くのことを犠牲にしてきたことを知った。


事務所に飾られているミニチュアの椅子も実は名作椅子をペーパークラフトで作ったもの。とことん観察して分解して作る流儀は、小学生のときのままだ。

初めて褒められた経験

少年は、才能を将来につなげるきっかけを幸運にも得ることができた。

毎日野山を遊び歩き、となりのクラスの窓ガラスが割れても「お前がやっただろう」と廊下に立たされるほどのやんちゃだった石川少年。あるとき、彼の描いた絵がO先生に推挙され、福田平八郎賞を受賞した。この賞は大分出身の日本画の大家福田平八郎にちなんだ名誉のあるものだった。

怒られたことはいくらでもあるけれど、褒められたことは初めてだったかもしれない。朝礼の時に全校生徒の前で賞状をもらう晴れがましさは、どれほど少年の心を高ぶらせたことだろう。
通信簿には「すばらしい絵を描く才能がある。これで勉強できるようになったら鬼に金棒」と書いてあり、そこでやんちゃ坊主は発奮、絵心にもますます火がつき、将来への道がおぼろげながら見えてきた。

絵画から家具へ。そして空間へ。

高校生のときに見たモンドリアンの絵画、そしてその絵をモチーフにした椅子や家具を知ったときの衝撃も一つの転機に間違いないだろう。

今の道にはいるきっかけこそ絵であったが、芸術が家具にもなることを目の当たりにし、室内建築に興味を持つ。さらには、家具を含めた空間を設計することに興味を持つようになってインテリアデザインの道を目指すことになる。その時の経験は、記事に詳しく載っている。(http://allabout.co.jp/gm/gc/416598/2/


右:高校生の時に心酔したモンドリアンの絵。奥は、その色彩をモチーフにした椅子(ヘーリット・トーマス・リートフェルト作レッドアンドブルーチェアのミニチュア。左は「モンドリアンへのオマージュ(モンドリアン賛)倉俣史朗作」。モンドリアン絵画に奥行を持たせ、扉や引き出しに置き換えた箱家具。

All Aboutで仕事の幅を広げる

空間設計、室内建築に自分の道を定めた石川さんがガイドを引き受けることになったのは、ちょうどAll Aboutの立ち上げの時期だった。「何か面白いことをやろうよ」的雰囲気をプンプン醸し出している石川さんが、ガイドとしてスタートする同業仲間やAll About編集長の目に留まったのは必然の結果だろう。

文章を書く事は苦手だったが、書き続けて早10年。今ではガイド記事300本も超え、そのわかりやすい解説とファニチャーイスト(石川さん造語のファニチャー大好き、コダワリ人の意)の心を気持ちよくくすぐる楽しい記事は、多くのファンを作った。

その結果、仕事の幅も広がった。顕著な例が2008年に出版された「日本デザイン50年」の編集長を任されたことであった。これは公益社団法人日本インテリアデザイナー協会の創立50周年を記念したものだった。

専門誌にありがちな横文字や専門用語の多用は、裾野まで情報が広がっていかないことを感じていた石川さんは、All Aboutで培われた「普通の目線を大切にすること」をさらに突き詰め広めたかった。

そこでこの本では、専門家ではない人でも手が届くような価格で、日本の過去50年の歴史的出来事などもおりまぜながらインテリアデザインについてわかりやすい本に仕立てることにチャレンジし、多くの人の目に留まることとなった。


「家具というと、椅子とテーブルとタンスというイメージ。ファニチャーというと空間も含めてという意味合いを感じるね。だから椅子から時計までファニチャーだと言ってます」。


仕事とはまた違う形で、業界に貢献することができたと自負できる「日本デザイン50年(枻出版社‬‬‬‬‬)」。編集長をつとめ、こだわり抜いて作ったもの。

値段には理由がある

絵画から室内建築の魅力にとりつかれ、空間設計に進んだ石川さんだったが、やはり一番魅力的で大好きなものは椅子だという。
石川さんが椅子の魅力を伝える記事や作品を通して一番人に伝えていきたいことは何か。それは、今のモノや人の価値感を考え直そうと一石を投じたい思いだ。

石川さんは、何も高価なものだけがいいと言っているのではない。

モノを大切にすれば人も社会も変わるはず

「高価なものは高価なりに、廉価なものは廉価なりの意味があり、使われるときや場所によって使い分けをすればいいんですよ。一日のうち長い時間を過ごす椅子には、もう少し思い入れを持ってもいいんじゃないかなあ」。

それは、どういうことだろうか。

80年代以降、モノの価値観は大きく変わっていったと石川さんは感じている。モノは数年で壊れるように作られていった。代替の部品はなく、修理代は高くつく。人はモノを簡単に捨てて新しく買っていくようになった。「その結果、モノだけではなく、人の関係も変わってきていませんか?終身雇用の時代から使い捨ての時代となってしまった。日々の暮らしのなかで、どうモノと接していくかで、ヒトも社会も変わってしまうんです」。

「例えばね」。石川さんは言葉を続けた。
「お金をためて、特別な一脚の椅子を家族全員でお父さんにプレゼントする。
その椅子が時代を巡り巡ってお父さんがおじいさんになり、孫が大人になったときに使っていく。いいでしょう? 今でも欧米では、人と椅子(モノ)とはずっとそんな付き合いをしています。
人とモノがそんな優しい関係になれたら、人と人の関係も、社会の関係も、きっと変わってくるんじゃないかなと思うんですよ。日本はここ20年くらいで変わってしまったけれど、本当はそうじゃないよということを伝えていきたいんですよ」。

昭和の時代は、もう少し丁寧だった。モノ作りも人間関係も。それは自分たちの世代が伝えていかなければいけないことなのだと、石川さんは感じている。
石川さんは、大上段に構えず、もったいぶらず、時にはユーモアを交えながら、ただ身の回りのファニチャーを愛おしむ術を教えることで、そのことを伝えようとしているのである。


お気に入りのものに囲まれた仕事机。そこで多くの時間を費やす仕事場の椅子は、やはり座り心地の最高にいいものをこだわって選ぶ。

文/むなかたようこ 写真/平林直己
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