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だれもの命の原点は子宮であり、触れること、触れあうことの大切さを伝えたい【妊娠・出産ガイド 竹内 正人】

医師になったのは80年代後半。当時はベビーブームも終わり、少子化に移っていた時代。なぜ、産科医になることを選んだのか。選んだ道で彼は何を学び、どう行動しているのか? 行動派産科医といわれるに至る竹内正人の「原点」

All About【妊娠・出産ガイド 竹内正人】

竹内 正人(たけうち まさと) 東峯婦人クリニック副院長、竹内正人事務所代表はじめ、より優しい「生まれる」「生きる」をめざし、地域、国、医療の枠をこえて、さまざまな取り組みを展開する行動派産科医。グリーフケアクリニック、よろず人生相談室を開設、ファシリテーターとしても活躍している。本年、音楽を主としたアート、空間デザインなどを通して優しさを発信するプロジェクト“WOMB”をスタートさせる。

産科医への道は、消去法だった

竹内さんが医師になったのは80年代後半。当時はベビーブームも終わり、少子化に移っていた時代。医師としての花形は外科医であり、産婦人科は斜陽と言われていた。けれど、竹内さんは産婦人科医の道を選んだ。

「僕も外科医に憧れていました。でも、昔から“人とは違うことをしたい”という性分がそれをゆるさなかった。小児科も考えたのですが、医師になるからにはメスを持ちたいという思いがあり、結局残った選択肢の中から、臨床実習で手ごたえを感じでいた産婦人科に決めました」

消去法で決めた産婦人科。将来性は不透明で、収入などの条件も他の医局と比べると大きく見劣りした。でも、なんとか食べてはいけるだろう、そんな思いだった。

医師とは、救うことのできる命を救う職業…?

大学病院で研修医を終えると、地方の病院へ派遣され研究生活を送った。その後、東京の周産期センターで産科部長を勤めた。安全なお産をすることで社会や人のために貢献している、そう信じて寝る間も惜しんで働いた。この頃は、産科に新しいテクノロジーが導入され、このまま医療が発展すれば、すべての母子を救えるという錯覚さえあった。

しかし、それでも、すべての命が幸福な結末を迎えるわけではなかった。「当時は、僕にとって医師とは、何が起きても医療の鎧をまとって病気に挑み、冷静に患者と接する職であり、救うことができない命は医療の対象外でした。だから、赤ちゃんに対する意識は、救う対象は“人”、救えない対象は“モノ”になっていたのでしょう」

最新刊の「マタニティダイアリー」(海竜社)とグリーフケアについて書かれた「赤ちゃんの死へのまなざし」(中央法規)

医師としてのあり方を変えた「赤ちゃんの死」

産科医になって10年が過ぎた頃、必死になって救ったと思っていた赤ちゃんが、後に、親から日常的に虐待を受け、その家族が崩壊したことを知った。

「幸せになっているはずだと信じていた…。もしかしたら僕が無理に助けたことで家族を崩壊させ、この子を苦しめてしまったのかもしれない。そう思うと、じゃああのときの母親や赤ちゃんは?と、考えるようになってしまったんです」

「母子を救う」ことしか見えてなかった竹内さんは、自分は何をやってきたのだろうかと、産科医としてアイデンティティー・クライシスに陥った。

そして、ふたたび赤ちゃんの死に向き合うこととなる。医師としてのあり方が変わった出来事だった。あるとき、胎盤早期剥離(※)で緊急帝王切開をしたが、救うことができなかった赤ちゃんがいた。苦しかっただろうに、とても穏やかで安らかな表情をしていた。

それまでは「忘れられなくなるから」と、亡くなった赤ちゃんを母親に会わせることはしていなかったが、母親に会わせてあげたい…とっさにそう思った竹内さんは赤ちゃんを真っ白な温かいタオルでくるんで母親へそっと手渡した。1時間後、パニック気味だった母親は穏やかな表情に変わっていった。

※胎盤早期剥離(たいばんそうきはくり)…何らかの異常で、本来出産後にはがれるはずの胎盤が、まだお腹に赤ちゃんがいるときにはがれてしまうこと。胎児に十分な酸素が届かなくなる。

竹内さんが行動派産科医として心がけているのは「今、感じていることを大切にしてカタチにしていくこと

グリーフケア専門クリニック開設

この赤ちゃんの死をきっかけに、竹内さんは長いトンネルから抜け出したという。

「たとえ命を救えないケースでも、家族にとってそれで終わりではない。どの赤ちゃんにもきっと産まれてきた意味があって、そこには、僕たち医療者が切り捨ててきたナラティブ(物語)がある。だからこそ、どのような状況であっても、赤ちゃんと丁寧に関わらなければいけないと気付いたんです」

同時に「赤ちゃんの死」の視点に持つようになったことで、産科、病院の領域を超え、医療と社会とをつないでいきたいという思いが強くなり、05年、大学の産婦人科医局を去った。

1年ほど介護の現場に身をおくも、縁があって再び産科に戻ることに。その際、赤ちゃんを亡くされた親のために、周産期のグリーフケア(※)を中心とした専門クリニックも開設。ここでは、相手が話し始めるのをただ待ち、沈黙を含めた時空を共有するのだという。

「僕には悲しみや怒り、苦しみを直接癒すことはできない。けれどこの時間が奥底に沈殿しているやりきれない感情との折り合いをつけるきかっけになってくれれば」
このアプローチが「よろず人生相談室」へとつながっていった。

※グリーフケア…大切な人を亡くして悲嘆に暮れている(グリーフ)人をサポートすること。

木場にある竹内さんのクリニック

竹内さんのさまざまな活動が社会に認められている証

JICAの活動、国際養子縁事業を通して

竹内さんが医学部に入る前から関心を持っていたのが、JICA(国際協力機構)の活動。ベトナムの母子保健プロジェクトに関わったのをきっかけに、ニカラグア、パレスチナ、マダガスカルなどを訪問。医療者と母親、家庭との関係性や医療者のあり方などに焦点を当てて活動し、赤ちゃんの死をテーマにしたワークショップも開催してきた。

また、望まれない妊娠の後に生まれてきた命を救うために、国際養子縁組の事業にも携わる。「実親から見捨てられた子どもを、養親は心から愛してくれるし、彼らの親戚や友人たちは、その絆を喜んでくれる。それを知るたびに家族や人と人との関係について考えさせられます」

「行動派産科医」と名のる竹内さんの活動は幅広い

人の原点は子宮。それを伝えるのが人生の第3ステージ

竹内さんが産科医として働いてきて改めて思ったのは“子宮”のすごさだった。

子宮は、すべてを受け入れる臓器であり、生まれてきた者、生まれなかった命も、最初に触れる相手。遺伝子や受精などミクロの操作ができる時代になっても、その受精卵を育む子宮は人工的にできそうもない。

だれもの命の原点はこの子宮であり、触れること、触れあうことの大切さを伝えたいという思いから始めたのが「しきゅうちゃんプロジェクト」だ。そして今年、子宮的あり方をより広く発信するために、音楽などを通し「WOMB」(ウーム)という活動をスタートさせる。

「母子の命を救うことにがむしゃらに働いたのが第1ステージ。第2ステージは、医療の中で人間的なあり方を伝えようと取り組んだこと。そして、第3ステージがWOMBの活動。どんなに違う境遇でも、子宮のように、相手を否定せず、あるがまま受け入れることができれば、そこから新たなナラティブが生まれてくる。自分自身も大切にできて、優しくなれるんです。これは、自分の原点に通ずるからだと僕は思っています。そんなことをいろいろなアプローチで社会へ伝えてゆきたい。震災から再生しようとしている日本から、未だに折り合いをつけられないアジアの国々、そして世界へ向けて、100年先の“優しい世界”を願って、仲間たちと一緒に発信していきたいですね」

人の原点は子宮。それを伝えるのが人生の第3ステージ
文/山本初美 写真/金田邦男
※本記事の内容は取材時点(2012年2月)の情報です。
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