面白ければいい広告になる!という考えを正してくれた言葉
社員が大切にしている言葉、影響を受けた一言を紹介していくコーナー「Quotes」。第25回目はグローバル推進室の森下さん。オールアバウト創業メンバーの森下さんが、前職リクルートでの新人時代に気づかせてもらった“通る企画の作り方”が今回のQuotesです。
■なにかを作ることが好きだった
子供の頃から絵を描いたり物語を考えたり工作したりするのが好きだった。幼稚園の頃には好きだった絵本を手書きで完コピしたり、家にあった小説を読み漁ってはそれをベースにオリジナルの未来ストーリーを書いて夏休みの課題として提出し、先生から「面白かったけど長すぎた」というがっかりな評価をもらったりしていた。将来は何かしら“作る仕事”ができればいいなぁと、この頃からぼんやりと考えていたものだった。
就職活動では広告代理店を目指したが、並み居る強敵には勝てず一次選考でことごとく敗退。最終的にリクルートにお世話になることが決まり、数ヶ月の営業研修の後、求人広告の制作へ配属となった。配属になればこっちのもんだ。若さを活かして面白いものいっぱい作ってやる、などと息巻いていた。
就職活動では広告代理店を目指したが、並み居る強敵には勝てず一次選考でことごとく敗退。最終的にリクルートにお世話になることが決まり、数ヶ月の営業研修の後、求人広告の制作へ配属となった。配属になればこっちのもんだ。若さを活かして面白いものいっぱい作ってやる、などと息巻いていた。
■企画が通らないのはなぜだ
しかし会社は、企業は、甘くなかった。担当となったクライアントに企画を提案してもなかなか納得してくれない。大きな企画立案会議でいくつもアイデアを持ち込むが、どれも「うーん」で終わり、採用されない。
なぜだ。
夜な夜な行きつけの飲み屋で考える。 自分の企画が通らないのは、面白さをやつらが理解してないからだ(酒)そうだそうだっ!(おかわり)
甘っちょろい若僧であった。いまだったら相手にもされない自己中心的な危険人物である。
企画を出してはボツになる、それを繰り返してひたすらヒット率を下げまくる私に、見兼ねた先輩が声をかけてきてくれた。
「なあ、お前の企画が通らないのはなんでかわかるか?」
「はい、いやあの、正直よくわかってないです……」
先輩は、私の書いた企画案やラフの束をぺらぺらとめくりながらこう言った。
「これな、全部お前の“思いつき”やねん」
なぜだ。
夜な夜な行きつけの飲み屋で考える。 自分の企画が通らないのは、面白さをやつらが理解してないからだ(酒)そうだそうだっ!(おかわり)
甘っちょろい若僧であった。いまだったら相手にもされない自己中心的な危険人物である。
企画を出してはボツになる、それを繰り返してひたすらヒット率を下げまくる私に、見兼ねた先輩が声をかけてきてくれた。
「なあ、お前の企画が通らないのはなんでかわかるか?」
「はい、いやあの、正直よくわかってないです……」
先輩は、私の書いた企画案やラフの束をぺらぺらとめくりながらこう言った。
「これな、全部お前の“思いつき”やねん」
■主観に頼るな、客観でロジカルに面白さを説明しろ
「お前の企画は面白そうに見える。なかにはマジで面白いのもある。せやけどそれだけではクライアントに伝わらへん。“面白い”は主観や。人によって違う。ましてやクライアントが求めている効果に合わなければなんの意味もあらへん」
企画にマルバツを付けながら先輩は続ける。
「思いつきに理屈を付けて、はじめてアイデアになるんや。なぜこの面白さがこの企画に必要か、これを入れることでどういう効果をお客さんに返せそうか、ロジカルに説明するんや」
リクルートはなぜか関西弁が標準語だ。先輩は関東出身なのにこんなふうな関西弁で話しながら赤ペンを走らせていった。
そうか。根本的に考え方がおかしかったんだ。
なぜこれが必要なのか、説明するまでもないと思っていたのがそもそもの間違いだったんだ。
入社1年目の夏くらいの気づきであった。ダメダメだね。
企画にマルバツを付けながら先輩は続ける。
「思いつきに理屈を付けて、はじめてアイデアになるんや。なぜこの面白さがこの企画に必要か、これを入れることでどういう効果をお客さんに返せそうか、ロジカルに説明するんや」
リクルートはなぜか関西弁が標準語だ。先輩は関東出身なのにこんなふうな関西弁で話しながら赤ペンを走らせていった。
そうか。根本的に考え方がおかしかったんだ。
なぜこれが必要なのか、説明するまでもないと思っていたのがそもそもの間違いだったんだ。
入社1年目の夏くらいの気づきであった。ダメダメだね。
■説明できるようになると、企画は通り始める
そこからというもの、先輩制作ディレクターが過去に手がけた広告を片っ端から見て、どんな考えでこの表現を、このビジュアルを生み出したのかを学ぶようになった。当時のリクルートでは毎年広告のコンテストが開催されていて、全国の制作ディレクターはそのコンテストに応募し入賞するのが目標だった。コンテスト開催後は入賞作品とその制作経緯が細かく書かれた一冊の「広告年鑑」が配布される。私は過去の広告年鑑と先輩の企画書を手本に真似ることからはじめ、少しずつ自分の企画書にロジックを追加していった。企画書がクライアントの担当から上長にまわり、決裁者まで届いた時でもブレなく意図が伝わるように表現にも気を配り、プレゼンにも時間をかけた。
ありがたいことに企画は通り始め、面白いとおもったことを面白いままに実現させられる仕事も増えていった。コンテストにもたった一度ではあるが3位に入賞することができた。
「マジか。やるやん」
喜んでくれたのは、企画の束を見てくれたエセ関西弁の先輩であった。
ありがたいことに企画は通り始め、面白いとおもったことを面白いままに実現させられる仕事も増えていった。コンテストにもたった一度ではあるが3位に入賞することができた。
「マジか。やるやん」
喜んでくれたのは、企画の束を見てくれたエセ関西弁の先輩であった。
毎年配布されていた「リクルート広告年鑑」。これは1988年のもの。 当時の制作ディレクターの制作にかける思いが詰まったリクルートの制作バイブル。 |
その後何年もしてから、リクルート社内でこの経験と同じようなことを書いている資料を目にしたことがある。きっとどこかの部署でも、同じような経験をして一回鼻っ柱を折られたやつがいたんだろう。
そこにはこう書かれていた。
そこにはこう書かれていた。
アイデアは 説明のつく 思いつき
永年、制作編集界隈にいるが、忘れないようにしている言葉だ。
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